木本会長より会員の皆様へ(2020年4月20日)

会員の皆様

 新型コロナウイルス感染の拡大は日々私たちの生活を脅かしていますが、ご無事でお過ごしでしょうか。お見舞い申し上げます。

 5月の大会を開催できなく誠に残念です。中止の処置にはご不満の方もおられるかも知れませんが、新型コロナウイルスの怖さは過小評価するわけにはいきません。どうぞ、ご用心、ご自愛いただきご無事でのご活躍をお祈りしております。また、会員の中には、最前線で感染の恐怖と闘いながら患者のために治療や防護活動に当っておられる方もいらっしゃるかとも思います。その献身的で体力の限界に迫る激務の活動に心から敬意を表するとともに、どうぞ御身お大切にされますようお願い申し上げます。

 さて、新型コロナウイルス感染の蔓延は、今やパンデミックとして、人類の生存を世界的規模で脅かし、社会秩序、社会構造の変動までもたらしかねない勢いです。我々は、その歴史的大変化の渦中にあるわけですが、思えば、人類史は、その誕生から今日に至るまでウイルスとの闘いでもありました。よく知られているように、中世ヨーロッパでの黒死病の蔓延は社会を激変させ、近世ではスペイン人たちの「新」ウイルスの中南米への持ち込みは原住民たちの歴史ある社会を崩壊させました。そして近代や現代においても英国や日本でのコレラの蔓延など、天然痘という例外を除いて、疫病に対する絶対的に有効な手段を持ち得ないままに、最近年におけるエボラ出血熱、エイズ、サーズ、マーズ、そして今日のCOVID-19と続いてきました。この間、医学、生物学、あるいは疫学など社会学での科学者たちの取組みと科学的進歩とがあり、同時に一般社会人・住民たちの「疫病をさける工夫」など、科学とは見なされないものの、「合理的な社会行動」が形成されたことも見受けられます。しかし、自然科学的な知見の確立にもかかわらず、患者への社会的な差別もみられ、疫病の歴史は、科学と社会そして科学と政治的の関係における諸問題を鋭く提起し、これらは社会史や科学史の大きな研究対象になってきたところです。

 新型コロナウイルス感染防御には、自然科学的医学的解明や薬剤の開発とともに、社会的に合理的な行動による防御法も必要です。私たちは、自己を守るためには、それらの社会行動的に求められている共同行動に自ら協力していくと同時に、人権を守りその防御法をより科学的にしていくことにも目を向けていかねばなりません。科学史・技術史の専門家として、科学的知識の進歩と社会構造、社会行動の絡み合いの歴史から何を歴史的行動事例として学び、いかなる事例が現在の社会的政策や防御のための合理的社会的諸施策として貢献できるか、歴史の分析とともに現状分析が求められていると思います。

 社会の中にある専門家集団として、現在の大変化過程における歴史的生き証人として、自らの生存を守ると同時に、自らの存在基盤の社会崩壊を防ぐために、科学史分野からの専門的活動を展開し、自然科学分野や他の社会科学分野の専門家とともに社会的存在意義を示したいと考えます。こうした歴史と科学の問題、そして現状の問題意識からの疫病の歴史のより深い解明は科学史からの貢献として期待されているところです。

 しかし、恐らくは現在では解決できない多くの問題が残るでしょう。新型コロナウイルス感染症との闘いでの政策や社会行動、研究活動などの関連資料は、後世に遺されるべき貴重な歴史的史料でもあります。今日の闘いが未解決のまま、なお後世に引き継がれなければならないとすれば、これらの関連資料もまた後世における疫病との闘いに必ず有益になるものであり遺されなければなりません。従って、現在の公的政策や事実資料をきちんと公開し、史料として社会的に残すこともまた絶対的に必要な課題です。科学研究から政策まで、事は多岐にわたりますので、様々な立場からの個人的の資料収集保存活動も意義ある仕事になります。

 現在の大きな社会的困難を打開するために現代を生きる一社会構成人として、現在を、共有している他の社会構成人との共同の、ウイルスとの闘いに参加していかねばなりませんが、同時に科学史・技術史研究者として如何に闘うかということが問われています。自己を包摂する社会の現代を視る歴史家の眼と社会行動が問われています。

 こうしたことを含めて学会としての声明・提言をとりまとめていきたいと思います。そのために、歴史からの教訓、現状諸施策での問題と提言、政治的社会的に訴えたいこと等を、とりあえずはご自由にお寄せいただけませんでしょうか。

 とりまとめたものを、(学会もしくは会長の)声明・提言として次回の『科学史通信』で公開したいと考えていますので、ご意見を 2020年6月10日までに、tadkimoto@gmail.com 宛にお送りください。

 最後ですが、社会的行動が制限されていますが、とりあえずは学会の出版や事務局での仕事は関係者の努力で維持できております。大学等が閉鎖されたり、印刷所でも感染者がでると関係部局はストップする可能性もあります。リアルな会合を避け、zoomなどを使ったテレビ会議を利用するなど、会員の皆様もどうかお気をつけください。学会の活動は、できるだけ速やかにホームページに掲載していきますのでご覧ください。

 また些細なことですが、大学や会社が閉鎖されると郵便物も滞ります。学会からの郵便物受取先を大学や会社にされておられる方は、ご自宅宛に変更するなど検討していただければ幸甚です。

              2020年4月19日  日本科学史学会 会長 木本 忠昭