学会長 あいさつ

科学史・技術史コミュニティの更なる発展を
2025年度― 兵藤友博

 日本科学史学会の会長をつとめることになりました。よろしくお願い致します。挨拶文を書き記すにあたって、あらためて言動の正当性はどうあったらよいのかを考えました。

1)私事で恐縮ですけれども、科学史に興味をもつに至った経緯には、大学の在り方や公害病裁判などを契機に科学・技術と社会の関係を学生時代に考えるようになったことにあります。当初は科学論の文献を読む私的研究会に参加したのですが、時代に切り込む論考を世に問うていた先生がおられる大学を尋ね、機会を得ました。科学史学会の年総会に初めて参加したのは、早稲田大学で開催された1977年のことと記憶しています。その頃は学部時代に手を染めた20世紀初期の原子物理学の歴史、やがて原爆開発における科学者の在り方、科学教育など、その後、身を転じて、学術体制や科学技術政策の分析へと話題を移し、今日に至っています。

2)まずは標準的なことではありますが、学会活動を会則等に基づいて展開することに努めます。会則第3条に、○年会や支部・分科会の学術的会合の開催、○和文誌、欧文誌の定期的発行、○会報『科学史通信』の定期的発行、○国内外の関連学協会等との連絡・協力、○公開講演会などの開催、他にも事業が記されています。そのなかに、最後の7番目に「本会の目的達成に必要と認められた事業」とあります。先人たちは学会の未来を構想し会則にこの項目を作成したのでしょう。今次の総会で提起された「学会の将来構想」も含め、視野を広く深く創意性を発揮して学会活動を盛り上げていければと考えます。
 どちらにしても、これらの事業は、会員皆様の科学史・技術史にかかる成果や活動で構成されるものですが、当然のことながら会員の方々のご参加、ご執筆、ご奮闘あってのものです。

3)ご存知のように、目下、日本学術会議は「危機的」事態にあります。本学会は「会長声明」を発していますが、日本学術会議「法人化」問題にかかわって思うところを述べます。
 先月国会で採択された新法は、ガバナンスと称して学術会議を外部法人化してナショナルアカデミーの独立性、自律性を毀損するものです。今年の春の総会で学術会議は法案の修正決議を発していますが、国会審議では問答無用の原案強行採決、そのことは学術の側の意向には耳を貸すことなく排除していることを物語っています。この国の民主主義はどこに行ってしまったのかと耳を疑う出来事です。
 この「法人化」問題は学術の公共性に大きな変動を与えかねないものであります。その点で留意すべきことは、日本の学術体制が今後も健全に発展するよう、研究のインテグリティを確保し、公共財としての学術をどう擁護していくのか、学術と社会、政治との関係、その方向性を定めていくのか、今後も考え必要に応じて働きかけることが欠かせません。
 新法「日本学術会議法」は2026年10月1日(予定)に施行されますが、「新たな学術会議」ための設立委員の任命を経て、会員予定者の選考が候補者選考委員会等の下に行われる一連のプロセス(参考、日本学術会議の独立性と自主性の尊重と擁護を要請する6名の歴代会長の声明;2025年6月16日)にどう関与しうるのか、日本科学史学会は学術会議の学術研究協力登録団体の一学会であり、学術会議問題のありようについて考え、必要に応じて積極的に行動し、支援していくことが求められていると考えます。

4)本会には『研究行動規範』が定められ、また日本学術会議『科学者憲章』には科学者コミュニティの言葉が記されています。これは優れて学協会において共有しうるものです。科学史学会が科学史・技術史研究者のコミュニティとしてどう機能するのか、会員皆様の科学史・技術史の知、その研鑽されたご論考を、機会をつくってその内容と共に情動を感じられるコミュ二ケ一ションを伴って伝えられることでしょう。ただ最近の学術会議関連のSNS等に散見される記事、中には人文系は暴走、理系は冷静などと評するもの、一部マスコミに「翼賛的」報道も目につきます。事実を見極めていくこと、史的メッセージの発信において、科学史・技術史、その歴史研究の役割が今こそ求められています。

 会員皆様のご活躍が学会活動とより合わさって、科学史・技術史のコミュニティがさらに環を広げ発展することを期しています。(2025年7月25日記)